zacca blog

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

立体作品を写真の形で発表する事について

授業中にこんな事を書く頭の沸いた大学生w

今道子の作品は、被写体は自ら作り出した立体物であるにもかかわらず、写真という形態で発表されている。なぜ、せっかく作り出した立体物そのものではなく、それを記録した写真を発表するのだろうか。

もちろん、今道子の被写体は魚類を中心とした生物の死体(死体と表現したが、普段我々が食卓で目にしている物が殆どである)である為、立体物として残すのであれば、保存処理を施さなくてはならず、なまもの感を長く維持する事はできない。また、白黒写真で撮影する事により、作品は妙な静寂性を持つことになる。

また、立体物であれば、見る側には自由があり、様々な角度から作品を見る事ができるが、写真には視覚の強制力があり、立体物を撮影したものであれば、その最良の(作者の意図に沿った)角度で作品を見せる事が出来、また細かな演出を撮影の過程で行う事も容易である。

また、写真を用いる事により、その過般性や保存性も高まり、出版などにも向く。

撮影に際しての演出について触れたが、立体作品は、周囲の演出まで完璧に行えば話は違ってくるが、どうしても周囲と作品とに間隙が生じ、作品が独自の空間を発揮できない。見る側があらゆる角度から作品を見れば、その背景として視覚には作品外の光景がそのまま飛び込む訳だし、見る側の他の人間自体も作品の背景となり邪魔をする。

緻密に計算された作品を作成するには、三次元の射影である平面で行うべきと考える。

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。